やおよろずのもり八百万の杜

前世の縁

主と従者

あるじとじゅうしゃ

強い縁

命を預け、命を預かった二人

忠義信頼預ける
前世の縁「主と従者」の情景

一方の方

主(あるじ)であった側

もう一方の方

従者であった側

この縁は、おふたりの役割が分かれます。実際にどちらがどちらの役だったかは、 お名前を入れて鑑定すると、お名前つきでお示しします。

前世の情景

馬上の背中と、その後ろを歩く影。主(あるじ)であった側が指を上げれば、従者であった側は理由を聞かずに動きました。信じていたのではありません。信じるかどうかを考える必要がないほど、深く結ばれていました。

前世のふたりの日々

夜明け前、従者であった側は主(あるじ)であった側より先に起きて道具を整え、主(あるじ)であった側が眠るまで戸口に控えていました。主(あるじ)であった側は多くを命じませんでしたが、従者であった側は言われる前に動いた。二人のあいだに交わされた言葉は少なく、そのぶん目配せの数が多かった。主(あるじ)であった側にとって従者であった側は手足であり、従者であった側にとって主(あるじ)であった側は生きる理由そのものでした。

前世で、何が起きたか

最期の場面で、従者であった側は主(あるじ)であった側より先に倒れました。守るのが務めだったからです。主(あるじ)であった側は生き延び、その後の生涯、従者であった側の名を口にしませんでした。口にすれば、崩れてしまうことを知っていたからです。

そのため、現世のおふたりは

初対面から、従者であった側が主(あるじ)であった側を立てる形になります。理不尽なほど尽くしてしまう、あるいは、なぜかこの人の頼みだけは断れない。上下ではなく、忠誠に近い何かが働きます。

こんな相手なら、この縁かもしれません

  • ◆従者であった側が、主(あるじ)であった側の頼みだけは断れない
  • ◆主(あるじ)であった側が、従者であった側にだけは安心して任せられる
  • ◆上下関係がないのに、自然と役割が分かれる

記紀・歴史の中の、似た縁

鎌倉の「御恩と奉公」

記紀に、この縁にそのまま重なる話は見当たりません。主従の結びつきが社会の仕組みとして形になったのは、武士の時代です。主君が家来に所領などを与える「御恩」と、家来がそれに応えて仕える「奉公」。与えることと仕えることが一対で考えられていた点は、この縁の二人の姿とよく似ています。

この欄だけは創作ではなく、記紀や辞典で確かめられることを書いています。出典:コトバンク「御恩」(デジタル大辞泉)

この縁が力を発揮するとき

役割分担がはっきりした場面で、驚くほどの力が出ます。指揮する人と実行する人、構想する人と形にする人。息の合った二人組として、周りから一目置かれる縁です。

こじれやすいところ

従者であった側が自分を後回しにしすぎることです。主(あるじ)であった側の役に立つことが喜びになるぶん、自分の望みを言わなくなる。主(あるじ)であった側もそれに甘え、気づかないうちに負担を偏らせてしまいます。

今世での活かし方

主(あるじ)であった側は、従者であった側の意見を先に聞く場面をつくってください。従者であった側は、ときには「それはできない」と言ってかまいません。前世では果たせなかった「並んで歩く」ことを、今世では少しずつ練習する。それがこの縁を、主従から相棒へ変えていきます。

今世の宿題

対等になることです。前世で果たせなかったのは「並んで歩く」ことでした。今世では、従者であった側が下がる必要はありません。

※ 伝統的な姓名判断に「前世を読む流派」はありません。これは『古事記』『日本書紀』の八百万観——山にも川にも木にも石にも神が宿るという考え方——を土台に、 八百万の杜が独自に組み立てた読み物です。前世の実在を主張するものではなく、 ご自分の性質を別の角度から眺めるための、物語としてお楽しみください。 なお前世の縁も、いまお使いのお名前(ご結婚された方は結婚後の名字)から読み解きます。

おふたりの前世を視る

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