前世の縁
旅の道連れ
たびのみちづれ
途中まで一緒に歩き、分かれ道で別れた二人

前世の情景
峠の分かれ道。片方は東へ、片方は西へ。名前も、行き先も、深くは聞きませんでした。数十日を共に歩いただけの間柄です。それでも別れ際、二人とも少し立ち止まりました。
前世のふたりの日々
朝、どちらからともなく歩き出し、昼は木陰で同じ水を飲み、夜は宿の土間で、明日の峠の話をする。互いの身の上は、半分も話しませんでした。それでも、相手の歩く速さや、疲れたときの癖は、数日で覚えてしまった。目的地は違うと分かっていたので、二人とも、別れの日を数えないようにしていました。
前世で、何が起きたか
再会は、ありませんでした。互いに、相手が無事に着いたかどうかを知らないまま生涯を終えました。短い時間でしたが、その道中の会話を、二人とも死ぬまで覚えていました。
そのため、現世のおふたりは
距離感が心地よい相手です。べったりしないのに、会えば必ず話が弾む。人生の一時期だけ濃く関わり、また離れる——そういう縁の結び方をします。離れても、悪い感情は残りません。
こんな相手なら、この縁かもしれません
- ◆人生の節目ごとに、なぜか近くにいる
- ◆しばらく会わなくても、気まずくならない
- ◆一緒にいた期間は短いのに、印象が強く残る
記紀・歴史の中の、似た縁
邇邇芸命と猿田毘古神
記紀では、邇邇芸命が天から地上へ降るとき、天の八衢(やちまた)で待っていた猿田毘古神が道案内をつとめます。役目を終えた猿田毘古神は、天宇受売命に送られて伊勢の五十鈴川のほとりへ向かったと伝えられます。途中まで同じ道を行き、それぞれの場所へ分かれていく——旅の道連れの縁に重なる物語です。
この欄だけは創作ではなく、記紀や辞典で確かめられることを書いています。出典:コトバンク「猿田彦神」(デジタル大辞泉・日本人名大辞典+Plusほか)
この縁が力を発揮するとき
移り変わりの時期に、互いの支えになります。進学、就職、転居、転職。人生の分かれ道で出会い、次の場所へ踏み出す背中を押し合う縁です。
こじれやすいところ
離れたあと、そのまま途切れてしまうことです。どちらも相手を縛らない性分なので、連絡が途絶えても気にしない。気づけば、相手のその後を何も知らない、ということになりがちです。
今世での活かし方
別れ際に、ひとつだけ約束を残してください。「着いたら知らせて」でも「一年後に一度会おう」でもかまいません。前世では知らずに終わった「相手のその後」を、今世では見届ける。それがこの縁の、小さくて大切な宿題です。
今世の宿題
今度は最後まで見届けることです。前世で「その後」を知らないまま終わったぶん、今世では相手のたどり着く先を、見届けてみてください。
※ 伝統的な姓名判断に「前世を読む流派」はありません。これは『古事記』『日本書紀』の八百万観——山にも川にも木にも石にも神が宿るという考え方——を土台に、 八百万の杜が独自に組み立てた読み物です。前世の実在を主張するものではなく、 ご自分の性質を別の角度から眺めるための、物語としてお楽しみください。 なお前世の縁も、いまお使いのお名前(ご結婚された方は結婚後の名字)から読み解きます。

